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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10631号 判決

原告 株式会社電研サービスセンター

右代表者代表取締役 柴田勇雄

右訴訟代理人弁護士 河野曄二

被告 株式会社シャープ東京サービスセンター

右代表者代表取締役 徳永渡

右訴訟代理人弁護士 田口邦雄

同 島田一彦

同 増田嘉一郎

同 遠藤哲嗣

右訴訟復代理人弁護士 森仁至

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  (主位的)

被告は、原告に対し、金一一四五万〇二三八円及びこれに対する昭和五一年一二月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的)

被告は、原告に対し、金六〇三万三二〇六円及びこれに対する昭和五六年七月七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求)

1 就労拒否による損害の賠償請求

(一) 損害填補の約定

(1) 原、被告間のサービス代行契約

原告は、昭和四四年六月ころ、被告との間に、左記内容の継続的サービス代行契約(以下「本件サービス代行契約」という。)を締結し、それ以降、右契約内容を履行していた。

原告は、自社従業員を被告田端工場に派遣し、同工場において、右従業員らをして、被告のために、訴外シャープ株式会社製電化製品の再生、調整、修理業務に従事させる。

被告は、原告に対し、右業務の対価として、毎月の出来高に応じ、協定された単価に基づき算出された金額を支払う。

(2) 原告会社における労働組合の結成

原告会社では、昭和四五年六月ころ、従業員の間に労働組合結成の気運が生じた。そこで、原告会社は、従業員と団体交渉を重ねた結果、同年七月二四日、全国金属労働組合(以下「全金属」という。)傘下のユニオンショップ制による全従業員加盟の労働組合(以下「電研労働組合」という。)の結成を承認するとともに、右組合との間で基本的協定を締結した。

(3) 損害填補の約定

そこで、原告会社の代表取締役であった柴田勇雄(以下「柴田」という。)は、昭和四五年八月七日、被告会社の代表取締役をしていた中村国男(以下「中村」という。)に対し、前記(2)記載のとおり、原告会社が電研労働組合の結成を承認するとともに右組合との間で基本的協定を締結したこと及び電研労働組合は全金属に加盟していること等を報告した。中村は、柴田の右報告を受けるや、同人に対し、「原告に全金属傘下の労働組合があるかぎり、本件サービス代行契約に基づき、原告の従業員が被告田端工場に就労することを拒絶する。しかし、全金属傘下の電研労働組合が解散した暁には、被告は、原告に対し、右取引停止によって原告が被った損害を完全に填補する。」旨の申入れをし、柴田もこれを了承した。

(4) 就労拒否

そこで、被告は、昭和四五年八月七日から、原告の従業員が本件サービス代行契約に基づき、被告田端工場に就労することを拒否した。

このため、原告の従業員のうち多数の者が、原告の前途に見切りをつけ、逐次原告を退社していった。そして、原告に留まった従業員も、このままでは原告が倒産するとの危機感から、昭和四五年一一月一六日に至って、電研労働組合を解散した。

しかるに、被告は、右電研労働組合解散後も、原告の従業員が本件サービス代行契約に基づき被告田端工場に就労することを拒否し続け、右拒否は、原告が事業を閉鎖した昭和四六年二月末日まで続いた。

(5) よって、被告は、原告に対し、前記(3)の損害填補の約定に基づき、昭和四五年八月七日から同四六年二月末日までに原告が被った後記1(三)の損害を填補すべき義務がある。

(二) 債務不履行

仮に、原、被告間に前記(一)記載の損害填補の約定が認められないとしても、被告には、次のとおり債務不履行があった。

すなわち、原、被告間には前記(一)(1)記載のとおり本件サービス代行契約が締結されていたところ、被告は、昭和四五年八月七日から同四六年二月末日までの間、原告の従業員が本件サービス代行契約に基づき被告田端工場に就労をすることを拒否した。

よって、被告は、原告に対し、原告が右就労拒否によって被った後記1(三)の損害を賠償する義務がある。

(三) 就労拒否により原告が被った損害

原告が、右被告の就労拒否により被った損害は、次のとおりである。

(1) 原告は、本件サービス代行契約を履行することにより、一か月少なくとも五六万八一五九円の収入を得ていた。しかるに、原告は、被告が原告の従業員の就労を拒否した昭和四五年八月七日から同四六年二月末日までの間右収入を得ることができなかった。よって、その損害は、就労拒否期間を六・六六か月として計算すると三七八万三九三八円(56万8159円×6.66=378万3938円)となる。

(2) 他方、本件サービス代行契約に基づき被告田端工場に派遣されていた原告の従業員のうち、訴外奥谷、細谷地及び今の三名が昭和四五年八月に、訴外沢田が同年九月に、訴外那須が同年一〇月に、訴外仲曽根が同年一二月に、それぞれ、原告を退社した。このため、原告は、右退職者の退職日から昭和四六年二月末日までの給料合計九七万三七〇〇円の支払いを免れた。

(3) したがって、原告は、被告の就労拒否により、右(1)のうべかりし収入から(2)の支払いを免れた給料を控除した二八一万〇二三八円(378万3938円-97万3700円=281万0238円)の損害を被ったことになる。

2 従業員引抜きによる損害の賠償請求

(一) 原告は、被告と同じく訴外シャープ株式会社の系列販売会社である訴外城南シャープ販売株式会社(以下「城南シャープ」という。)、横浜シャープ販売株式会社(以下「横浜シャープ」という。)及び中央シャープ販売株式会社(以下「中央シャープ」という。)(なお、以下において右三社を一括して単に「販売三社」ということがある。)との間で、それぞれ前記1(一)(1)記載と同様のサービス代行契約を締結し、昭和四五年八月当時、城南シャープに丸田暁興及び吉井康雄を、横浜シャープに工藤正弘、高嶺朝二郎、長尾正一及び坂上節生を、中央シャープに青木茂及び関橋米吉(ただし、関橋は昭和四五年一一月から)をそれぞれ派遣し、右各会社における電化製品修理等のサービス業務に従事させていた。

そして、原告は、被告が原告の従業員の就労を拒否した昭和四五年八月七日以降も、右三社に対しては、右各サービス代行契約に基づき、右八名の従業員を派遣して、契約内容を履行していた。

(二) ところで、被告及び販売三社の親会社である訴外シャープ株式会社は、昭和四五年後半ころ、昭和四六年一月以降販売三社の修理等サービス部門を廃止し、これを被告に統合し、もって、系列会社を販売専門会社と修理等サービス専門会社に明確に二分するとの方針を決定した。

このため、修理等のサービス部門の下請体制を早急に確保、整備する必要に迫られた被告は、不法にも、その下請関係にあった原告の従業員を引き抜いてこれを直接被告の下請にすることを計画した。そして、被告は、一方では、前記1のとおり原告との取引を不当に拒んでその経営を悪化させながら、他方では、右事態によって動揺している前記2(一)の販売三社に派遣されていた原告従業員八名に対し、各別に、被告会社の直接の下請となるべきことを勧誘した。こうして、被告は、昭和四五年一〇月から同四六年二月までの間に、前記販売三社に派遣されていた原告の従業員八名を逐次原告から退社させたうえ、同人らを被告の下請として採用した。

(三) 被告に引き抜かれた原告の従業員八名は、いずれも原告において修理技術を習得させた熟練修理工であり、原告の経営に不可欠の人材であった。このため、原告は、被告の右引抜行為により、事業を継続することが不可能となり、昭和四六年二月末日をもって、事業の閉鎖を余儀なくされた。

(四) 以上のとおり、本件サービス代行契約に基づき注文主の地位にある被告が、契約の相手方である原告の従業員を前記2(二)のとおりの方法及び規模で引き抜き、もって、同(三)のとおり原告の事業を閉鎖に追い込むがごとき行為は、法律上許容される限度を越えた不法行為であり、被告は、原告に対し、原告が被告の右行為によって被った後記2(五)の損害を賠償する義務がある。

(五) 原告が被告の右引抜行為により被った損害は、次のとおりである。

被告に引き抜かれた従業員は、販売三社に出向し、修理等サービス業務を行うことにより、一人当り月平均四万五〇〇〇円(八人では月平均三六万円)の純利益を原告にもたらしていた。

したがって、被告が右原告従業員八名の引抜きを行わなければ、原告は、少なくとも毎月三六万円の純利益をあげることができたのに、被告の引抜行為のために、これを喪失した。そして、少なくとも被告による引抜き後二年間の右損失は、被告の不法行為との間に相当因果関係が存するものと思料される。

以上によれば、被告の前記引抜行為による原告の損害は八六四万円(36万円×12×2=864万円)ということになる。

3 よって、原告は、被告に対し、主位的に、被告の就労拒否及び引抜きによる損害の賠償請求として、合計一一四五万〇二三八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一二月一七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(予備的請求)

原告と被告とは、昭和四八年七月末日ころ、被告は、原告に対し前記被告の就労拒否及び引抜きにより原告の被った損害のうち少なくとも六〇三万三二〇六円について被告に損害賠償義務があることを認め、これを原告に支払う旨の和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。

そして、原告は、昭和五六年七月六日、本件和解契約に基づき、被告に対し、右六〇三万三二〇六円の支払いを請求した。

よって、原告は、被告に対し、予備的に、本件和解契約に基づき、六〇三万三二〇六円及びこれに対する右請求の日の翌日である昭和五六年七月七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(主位的請求に対して)

1 請求原因1(一)(1)の事実は認める。

2 同1(一)(2)の事実は知らない。

3 同1(一)(3)の事実は否認する。

4 同1(一)(4)の事実のうち、被告が昭和四五年八月七日から同四六年二月末日までの間原告の従業員が本件サービス代行契約に基づき被告田端工場に就労することを拒否したことは否認し、原告の従業員が退社していったこと及び電研労働組合が解散したことは知らない。

被告が原告の従業員の就労を拒否したのではなく、原告が一方的に被告の了解を求めることなく原告従業員の被告田端工場派遣を中止したのである。

5 同1(一)(5)の主張は、争う。

6 同1(二)の事実は否認する。

前記のとおり、原告が一方的に従業員を被告田端工場に派遣することを中止したのである。

7 同1(三)の(1)ないし(3)の損害額の主張は争う。

仮に原告の主張に理由があったとしても、原告の被った損害は五二万九五二四円であるとみるのが相当である。すなわち、原告は、昭和四五年一二月末日までには技術労働者(修理工)を失い、電化製品の修理代行会社としての能力を喪失しているのであるから、損害発生期間は昭和四五年八月七日から同年一二月末日までの四・六六か月とみるべきであり、また、原告の得べかりし収入を算出するにあたっては、人件費、光熱費、一般管理費等の経費を八〇パーセントとみて、これを控除すべきである。そうだとすると、原告の被った損害は、五二万九五二四円(56万8159円×4.66×0.2=52万9524円)となる。

8 同2(一)の事実は知らない。

9 同2(二)の事実は否認する。

なお、シャープ系各販売会社の修理等サービス部門が被告に統合されたのは昭和四六年四月ころのことであり、原告の労働争議のころには右統合計画の萠芽さえ生まれていない。

また、原告の従業員のうち幾名かは、昭和四五年秋ころ、原告を退社し、電化製品修理業を自営した。そして、これらの者のうち、訴外青木茂、関橋米吉、吉井康雄及び坂上節生が昭和四六年五月ころ、訴外丸田暁興が同四七年九月ころ、従前の人的関連を頼って、被告のサービス代行店となった事実はあるが、被告が、積極的に原告の従業員を引き抜いた事実はない。

10 同2(三)の事実は知らない。

11 同2(四)の主張は争う。

12 同2(五)の事実及び主張は争う。

13 同3は争う。

(予備的請求に対して)

本件和解契約締結の事実は否認する。

三  抗弁

1  公序良俗違反(主位的請求原因1(一)に対して)

原、被告間の損害填補の約定は、著しく正義に反し、公序良俗に反する。よって、右約定は無効である。

2  消滅時効

(一) 主位的請求原因1(二)に対して

原告の被告に対する債務不履行に基づく債権(主位的請求原因1(二))は商事債権であるから五年の消滅時効にかかるところ、原告主張の債務不履行の事実発生の日から既に五年を経過しているから、右債権は、時効により消滅した。

(二) 主位的請求原因2に対して

原告は、遅くとも昭和四六年二月末日までには、主位的請求原因2記載の被告の不法行為の事実を了知していたから、それから三年の経過により、原告の被告に対する不法行為に基づく債権(主位的請求原因2)は、時効により消滅した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2の(一)及び(二)はいずれも争う。

五  再抗弁(抗弁2の(一)及び(二)に対して)

被告は、昭和四六年六月から同四八年一二月末日までの間、原告に対し、次のとおり、継続して前記主位的請求原因1(二)及び2記載の就労拒否及び従業員引抜きによる損害の賠償債務があることを承認していた。

すなわち、被告は、継続して前記損害の賠償を求めていた原告に対し、(一)昭和四六年六月から同四七年一二月までの間は、損害賠償債務は認めながらも時間的猶予を乞う態度をとり、(二)同四七年一二月二五日には、金額の点は別として、損害を賠償する意思がある旨を明確に表示し、(三)同四八年七月末ころには、六〇三万三二〇六円の損害賠償をする旨明らかにし、(四)同四八年七月末ころから同年一二月末日までの間は、右六〇三万三二〇六円の損害賠償債務を文書化することには消極的態度をとりつつも、口頭では右債務を承認し、これを支払う意思がある旨を表示していた。

以上により、原告の被告に対する主位的請求原因1(二)及び2に基づく損害賠償債権は、少なくとも昭和四八年一二月末日までの間は、被告の債務承認により、消滅時効は中断されていた。そして、原告は、昭和四八年一二月末日から三年を経過する前に本訴を提起したのであるから、原告の被告に対する主位的請求原因1(二)及び2に基づく各損害賠償債権は、時効消滅していない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  就労拒否による損害の賠償請求について

1  原、被告間に昭和四四年六月ころ主位的請求原因1(一)(1)記載のとおりの本件サービス代行契約が締結されたこと及び原告が右契約を履行してきたことは、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、原告は、右契約締結以降、右契約に基づき被告田端工場に常時七名ないし一〇名の従業員を派遣し、もって、右契約を履行してきたこと、そして、昭和四五年七月初旬当時は、関橋米吉、仲曽根朝憲、奥谷定雄、細谷地房吉、今茂行、那須千秋、沢田景二の七名を被告田端工場に派遣し、電化製品の再生、修理業務に従事させていたことが認められる。

2  ところで、原告は、主位的請求原因1の(一)及び(二)記載のとおり、被告が原告に全金属傘下の労働組合が結成されたことを理由として本件サービス代行契約に基づく原告の従業員の就労を拒否し、また、被告が右就労を拒否するにあたってこれによって原告が被る損害を填補することを約した旨主張するので、以下その点につき判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の(一)ないし(六)の事実が認められる。

(一)  原告は、テレビ、ステレオ等電化製品の修理を業とする株式会社であり、昭和四五年六月当時、約四〇名の修理技術員(修理工)を雇用して、右業務活動を行っていた。ところで、昭和四五年六月当時の原告の取引先は、大別すると二つであった。すなわち、一つは、被告、城南シャープ、横浜シャープ及び中央シャープのシャープ系列の会社であり、他は、松下電器テレビ事業部、東京ナショナルサービス、東京ナショナル百貨店販売等のナショナル系列の会社であった。そこで、原告は、昭和四五年六月当時、シャープ系列に約一五名、ナショナル系列に約二三名の従業員を派遣し、右各会社の電化製品の修理、再生等サービスの下請業務に従事させていた。

(二)  ところで、原告は、代表取締役をしていた柴田のワンマン体制のもとに、労働組合も結成されていなかったところ、昭和四五年六月ころ、従業員の間に、労働組合結成の気運が生じた。

柴田は、昭和四五年七月上旬、従業員らの間に労働組合結成の動きがあることを察知し、直ちに、主たる取引先であり、かつ、元請会社の地位にある被告及び東京ナショナルサービスに対応策について相談したところ、両会社とも、原告に労働組合が結成されることに反対の意向を示した。殊に、東京ナショナルサービスは、柴田に対し、組合結成に中心的役割を果している人物を解雇するように指示した。

(三)  そうこうするうちに、原告の従業員のうち二十数名は、昭和四五年七月一三日、電研労働組合を結成し、右組合の執行委員長に関橋米吉、副委員長に西尾敏、書記長に鈴木稔が就任した。そして、電研労働組合は、総評傘下の全金属に加盟した。

電研労働組合は、昭和四五年七月一三日朝、早速、原告代表取締役柴田に対し、労働組合の結成を報告するとともに、労働条件の改善等を求めて団体交渉の開催を要求した。

これに対し、柴田は、前記東京ナショナルサービスからの指示に従い、即刻、電研労働組合の役員に就任した関橋、西尾及び鈴木の三名に対し、解雇する旨を通告した。

そこで、電研労働組合は、昭和四五年七月一三日から一五日までの間、連日、朝から深夜まで、右三名の解雇撤回、賃金値上げ、労働条件の改善等を求めて、原告代表取締役柴田と団体交渉を重ねた。

(四)  右団体交渉の結果、結局、原告は、昭和四五年七月二四日、電研労働組合との間で、右三名の解雇を撤回すること及び今後原告は従業員の組合加入を妨害したり、組合員であることを理由に差別したりしないことを骨子とする協定を締結するとともに、同年七月二七日には、電研労働組合との間で、ユニオンショップ制による全従業員加盟の電研労働組合の結成を承認すること、賃金を一律月額六〇〇〇円値上げすること、団体交渉は申入れから四八時間以内に応ずること等を相互に確認する書面を取り交わした。

(五)  以上のような経過で、原告の労働争議は解決し、右労働争議期間中勤務を拒否していた従業員も勤務に復帰したが、シャープ系列及びナショナル系列からの原告に対する下請の仕事は減少していった。

ところで、原告代表取締役柴田は、昭和四五年八月七日、元請会社である被告を訪れ、その代表取締役中村に対し、原告に全金属傘下の電研労働組合が結成され、右労働組合と原告との間に前記(四)記載のとおりの協定及び確認がされた経緯を報告するとともに、今後も本件サービス代行契約に基づき取引を継続して欲しい旨申し入れた。

これに対し、全金属傘下の労働組合は過激な組合であるとの認識を持っていた被告会社代表取締役中村は、原告代表取締役柴田に対し、下請会社である原告に全金属傘下の労働組合が存在する以上、今後、原告に対し、本件サービス代行契約に基づく下請の仕事を発注するわけにいかないので原告の従業員を被告田端工場に派遣することは取りやめてもらいたい旨強く申し渡した。原告代表取締役柴田は、被告の右申入れに衝撃を受けて被告会社から立ち帰り、帰社しても、従業員らには、被告から右申入れがあったことを告げなかった。

このため、那須千秋、今茂行ら三、四名の原告従業員が翌八月八日平常どおり本件サービス代行契約に基づき被告田端工場に出社したところ、被告は、右原告従業員らに、今後被告田端工場へ来る必要はないと告げたうえ、右従業員らの就労を拒否した。そこで、那須、今ら原告従業員らは、被告田端工場で仕事することなく原告会社に帰ってきた。

(六)  こうして、被告は、昭和四五年八月八日から、本件サービス代行契約に基づく原告従業員の被告田端工場における就労を拒否し始めた。そこで、今茂行、奥谷定雄、細谷地房吉ら原告従業員は、同年八月下旬ころ、元請会社である被告から仕事をもらえない原告の将来に見切りをつけて、相次いで原告を退職していった。

その後も、原告会社では従業員の退職が相次ぎ、他方、被告の前記就労拒否は依然として続いた。そこで、原告に全金属傘下の労働組合が存在する限り、被告の前記就労拒否は続き、原告の倒産は不可避であると考えた電研労働組合の執行委員長である関橋米吉は、昭和四五年一〇月二日、電研労働組合を脱退し、次いで、同年一一月一六日には、電研労働組合も解散した。

そこで、原告代表取締役柴田は、昭和四五年一一月下旬ころ、被告に対し、前記のとおり全金属傘下の電研労働組合が解散したので、本件サービス代行契約に基づく取引を再開して欲しい旨申し入れた。これに対し、被告は、昭和四五年秋ころから、原告従業員に代えて、被告栃木工場、田辺工場から人員を補充していたこともあり、同年一二月一杯は、本件サービス代行契約に基づく取引の再開には応じられない旨回答した。

以上のとおり、被告会社からの仕事がなかったこと及びこれと歩調を合わせたように前記ナショナル系列の会社からの仕事もなかったため、昭和四五年一二月末日ころまでには、原告の従業員のほとんどが退職した。このため、原告は、昭和四五年一二月末日ころまでに、事実上事業活動を停止した。そして、柴田は、昭和四六年一月末ころ、原告に代わる会社として、新たに有限会社綜合家電(以下「綜合家電」という。)を設立した。

以上(一)ないし(六)の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  以上によれば、被告が原告に対し被告の就労拒否によって原告が被った損害を填補する旨を約したことを認めるに足りる証拠はないから、右約定が存在することを前提とする原告の請求は理由がないものといわなければならないが、被告が原告に対し昭和四五年八月八日から同年一二月末日までの間正当な理由なく本件サービス代行契約に基づく原告従業員の被告田端工場での就労を拒否したことは明らかであるから、被告は、原告に対し、原告が被告の右債務不履行によって被った損害を賠償する義務があると解するのが相当である。なお、昭和四六年一月一日から同年二月末日までの就労拒否を理由とする請求部分は、前記のとおり原告が昭和四五年一二月末日ころで事業活動を停止していることから考え、就労拒否があったと認めることができず、理由がない。

4  ところで、被告は、原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償債権は時効により消滅している旨主張(抗弁2(一))するので、以下この点について判断する。

前記1及び2(一)においてみてきたところによれば、原告は電化製品の修理を業とする会社であり、かつ、原告はその営業のため被告との間で電化製品の修理を内容とする本件サービス代行契約を締結したのであるから、本件サービス代行契約に基づく被告の債務は、商行為によって生じた債務であることが明らかである。

そして、商行為によって生じた債務の不履行に基づく損害賠償債権は五年で消滅時効にかかるものと解すべきところ、前記2、3において認定したとおり本件債務不履行は昭和四五年八月八日から同年一二月末日までの間に行われたものであるから、前記3の原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償債権は、遅くとも昭和五〇年一二月三一日までに行使しないと、時効中断等特段の事情が存在しない限り、時効で消滅することになる。そして、原告が本訴を提起したのが昭和五一年一二月二日であることは、記録上明らかである。

5  そこで、更にすすんで、原告の被告による債務承認を理由とする時効中断の主張(再抗弁)について判断する。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

原告が従業員の退職により昭和四五年一二月末日で事業活動の停止を余儀なくされ、原告の代表取締役であった柴田が昭和四六年一月末ころ原告に代わる会社として綜合家電を設立したことは、前記2(六)認定のとおりである。

右のとおり新たに綜合家電を設立した柴田は、昭和四六年二月ころ、被告に対し、従前原、被告間で行われていた取引を綜合家電との間で開始して欲しい旨及び右取引開始にあたって原告が被告の就労拒否及び従業員の引抜きによって被った損害を填補して欲しい旨を申し入れた。

これに対し、被告は、綜合家電と取引を開始することはやぶさかではないが、原告が右損害の賠償要求をする以上は、綜合家電との取引には一切応じられない旨回答した。

その後、原告は、昭和四六年六月から同四八年一二月末日まで、被告に対し、再三にわたり、前記と同様の取引開始及び損害賠償の要求を繰り返した。これに対し、被告は、前記と同様、原告の損害賠償の要求には応じられないし、原告があくまで右要求をし続けるならば綜合家電との取引にも応じられないとの態度に終始した(なお、被告は、弁護士を通じ、昭和四九年三月二〇日到達の内容証明郵便で、原告に対し、原告の前記損害賠償の要求には一切応じられない旨回答している。)。このため、綜合家電は、被告と取引をすることなく、昭和四八年半ばころ解散した。

以上のとおり認められ、これによれば、原告の被告による債務承認を理由とする時効中断の主張(再抗弁)は、理由がないことになる。

6  以上1ないし5において検討してきたところによれば、被告の就労拒否による損害につき、損害填補の約定に基づきその賠償を求める原告の請求は、右約定の存在を認めるに足りる証拠がないので理由がなく、また、債務不履行を理由としてその賠償を求める原告の請求は、消滅時効が完成しているので理由がないものといわなければならない。

二  従業員引抜きによる損害の賠償請求について

1  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

すなわち、(一)原告と訴外シャープ株式会社の系列販売会社である城南シャープ、横浜シャープ、中央シャープとの間で、それぞれ電化製品の修理等を内容とする継続的サービス代行契約が締結されていたこと、(二)そして、原告は、右各契約に基づき、昭和四五年八月当時、城南シャープに丸田暁興及び吉井康雄を、横浜シャープに工藤正弘、高嶺朝二郎、長尾正一及び坂上節生を、同四五年一一月から、中央シャープに青木茂及び関橋米吉を派遣し、右各会社の電化製品の修理等サービス業務にあたらせたこと、(三)右従業員のうち、丸田及び吉井は昭和四五年一〇月三一日に、工藤は同年一〇月一〇日に、高嶺は同年一一月七日に、長尾は同年一〇月二〇日に、坂上は同四六年二月二〇日に、青木は同年一月二〇日に、関橋は同年一月三〇日にそれぞれ原告を退職したこと、(四)城南シャープ、横浜シャープ及び中央シャープの各修理等サービス部門は、昭和四六年四月ころに至り廃止され、被告に統合されたこと、(五)前記退職した八名の従業員のうち、吉井、坂上、青木及び関橋は同年五月ころ、丸田は同四七年ころ、それぞれ被告と電化製品の修理等を内容とするサービス代行契約を締結したことがそれぞれ認められる。

2  しかし、《証拠省略》を総合すれば、次の(一)及び(二)の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告、城南シャープ、横浜シャープ及び中央シャープはいずれも訴外シャープ株式会社の系列会社であるが、被告と右販売三社の修理等サービス部門とは組織的には全く別個であり、右販売三社は、独自に、従業員の雇用、下請会社の選択、工料の決定をしていた。

(二)  そして、前記一2の(一)ないし(六)及び二1において認定したとおり、丸田、吉井、工藤、高嶺、長尾、坂上、青木及び関橋の八名は、城南シャープ等販売三社に派遣されていたが、原告会社に全金属傘下の労働組合ができたため、取引先である被告及びナショナル系列の会社から仕事をもらえない原告会社の将来に見切りをつけ、昭和四五年一〇月一〇日から同四六年二月二〇日までの間に相次いで原告を退職した。

そして、右八名の従業員らは、原告を退職後、従前の人的関連を頼り、自己の技術を生かすため、各自、前記販売三社との間で電化製品の修理等のサービス代行契約を締結した。そして、その後昭和四六年四月ころに至り、前記販売三社の修理等サービス部門が廃止され、被告に統合されたため、前記のとおり右八名のうち、五名の者が被告との間でサービス代行契約を締結した。

なお、前掲証拠によれば、右八名の従業員の原告会社退職及び販売三社とのサービス代行契約締結にあたり、販売三社の担当者が右八名のうちの何名かに積極的に働きかけた事実が認められないわけではないが、その働きかけを被告の方で指示していたことなど右働きかけに被告が関与していたと認めるに足りる証拠は見出すことができない。

3  以上を総合勘案すると、被告が、右八名の原告従業員を自社に引き抜いた事実は認めるに足る証拠がないことに帰着する。よって、原告の主位的請求原因2(従業員引抜きによる損害の賠償請求)もまた、その余の点を判断するまでもなく、理由がないことになる。

三  予備的請求について

最後に、予備的請求(本件和解契約に基づく請求)について判断する。

原告代表取締役柴田が、昭和四六年二月ころから同四八年一二月末日まで、被告に対し、再三にわたり、被告の就労拒否及び従業員の引抜きによって原告が被った損害を填補するよう申し入れたが、被告が原告の右申入れに一切応じなかったため、被告と綜合家電との間の取引は開始されないままに終わったことは、前記一5で認定したとおりである。また、原告が本件和解契約の成立を証するものとして提出した「契約書」と題する書面には、被告の署名押印はおろか、被告側において記載した部分は一字たりとも存在せず、直ちに本件和解契約の成立を証する証拠とはなりえない。そして、これらの事実と《証拠省略》とを総合すると、本件和解契約の成立について述べる原告代表者本人尋問の結果の一部もにわかに措信することができず、他に本件和解契約成立の事実を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原、被告間に本件和解契約が成立したことを理由とする原告の予備的請求もまた、理由がないことになる。

四  結論

以上みてきたところから明らかなとおり、原告の本訴各請求は、いずれも理由がないからこれをすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 永吉盛雄 難波孝一)

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